菊芋と自由を考える

フリーランスで働く

キクなのか、イモなのか

「菊芋」をご存知でしょうか。

キクなのか、イモなのか、男だったらはっきりせんかい・・・と、菅原文太なら怒りそうですが(勝手なイメージ)、Wikipediaによると「菊に似た花をつけ、地下に芋(塊茎)ができ、それを利用するところから名付けられた」んだそうです。

どっちも正解。

主にイモの部分を食べるのですが、ジャガイモとかサツマイモとかみたいな、いわゆる「イモ」って感じの味じゃないんですよね。サイズと見た目はショウガに近くて、生だと割とシャキシャキした食感。火を入れるとホクホク、という感じ。

我が家では生のまま酢漬けにしたり、薄切りにして天ぷらにしたり、お味噌汁の具にしたり、お鍋に入れたりと、冬の主力お野菜として大活躍してくれました。聞いたことがない野菜なので、どんな味なんだろう? マズかったらイヤやなとか思ったのですが、かなりおいしく頂けました。

疑ってスマンかった(土下座)。

というか、菊芋がスゴイのはその繁殖力でして。庭(というか畑)にホントにテキトーに植えたらニョキニョキニョキッと伸びました。葉っぱも生い茂って「コレ、雑草ちゃうよな」と思っていたくらいです。

イモの収穫は秋〜冬にするのですが、まあたくさん穫れる。ほんとにほぼNO手入れでイモがゴロゴロできるんです。採れすぎて食いきれないほどに、です。ちなみに、今も我が家の冷凍庫の一角(まあまあのスペース)を菊芋が占拠しています。

で。「まあ、ほぼ取りきったかな」と思っていたら、今年になって菊芋を植えていた場所からまた芽が出始めたんですね。「!?」と思っていたら、今年も一大勢力を作ってるわけですよ、我が家の菊芋が。

繰り返し言いますが、今年は菊芋を「植えた」自覚がないわけです。こちらは。でも取り逃した(らしい)イモから芽を出して、繁殖してくれたらしいのです。

確かに、Wikipediaにも「日本には江戸時代末期に飼料用作物として伝来し、日本全国の空き地や荒れ地で野生化している」という一節がありましたわ。うちの庭は荒れ地ではないですけども。

けっこう色々な料理に使えて、おいしくて、しかもこれだけほったらかしててもちゃんと収穫物ができる。我が家にとっては大変ありがたい存在であるわけです。

もったいないスピリッツ、発動

菊芋は秋〜冬にイモを付けるので、それまでは基本ほったらかしです。とはいえ、今年はあまりにも無差別的に生えてきてしまったので、いくらか剪定をすることにしました。

でも、茎や葉っぱは切っても切っても生えてくる。そこで考えました。

「葉っぱをどうにかつかえないだろうか・・・?」

ええ、ビンボー症ですね(笑)。でも、畑をしているとそういう気持ちになってくるのですよ。種をまいて、芽を出して育っていく過程を見ていると、何でしょうね。本来食べる部分ではないところも「もったいない」という気持ちになってきます。

パッと思いつくところで言えば、大根の葉っぱもおいしく食べられます。人参の葉っぱも食べられます。先日はカリフラワーの葉っぱも食べてみました。ちょっと硬かったですが、おいしかった。

もちろんあまりに硬すぎたり、毒がある部分はどうしても食べられませんが、それ以外は「何か使えないか?」と考えてしまう。

菊芋の葉っぱからできたもの

菊芋の葉っぱもまさにそう。菊芋の葉っぱは表面に少し産毛が生えていて、大きく育ったものはちょっとそのまま食べるのは厳しそう。でも、若葉はおひたしにして食べました。ちゃんと美味しかった。

それから意外と良かったのが、葉っぱを天日干しにしてカラカラの状態にしたものを煎って、お茶にしたもの。これはもうちゃんと「お茶」でしたね。

緑茶とかほうじ茶という感じではなく「十◯茶」とか「爽健◯茶」にブレンドされてそうなお茶。未だに葉っぱが大量にあるので、大量生産出来そうな勢いです(笑)。

面白いのは、煎り方(深煎りか、浅煎りか)で味が変わること。浅煎りの方が菊芋の味が強い。深煎りにすると「これ、何のお茶?」とわからなくなるくらい、味が変わります。

菊芋と自由とお金について

この話を読んで「面白そう!」と思った方も、「興味ないわ」と思った方も、「何かビンボーくさい話だな」と思った方もいるでしょう。

ぼくが何を思っているかというと「選択肢が多いって素晴らしい」ということなのです。

ぼくの友人は「選択肢が多ければ多いほど自由だ」と言いました。ぼくもそう思います。人々が「お金」を求めるのは選択肢が増えるからでしょう。意識的にせよ、無意識的にせよ。

お金がないとやりたいことが出来なかったり、本当は高い車に乗りたいのに中古の軽自動車で我慢せざるを得なかったり、色々なところに旅行したいけれど行けなかったりするかもしれません。

さらには、お金がないと誰かを助けることも出来ないかもしれないわけです。

この資本主義社会においては、「お金」が選択肢を広げる一番手っ取り早いツールであることは間違いありません。でも、それ以外にも選択肢を広げる方法はたくさんある。

「お金がないからお茶が買えない」ではなく「菊芋の葉っぱがもったいないから、お茶にしてみた」という方が自由でしょう。さらに言えば、「高いお金を出して玉露を飲む日」もあれば「庭の菊芋の葉っぱを乾かして煎ったお茶を飲む日」もある方が自由度が高い。そう思いませんか?

お金で広がる選択肢もあります。でも、お金だけでは到達できない世界もある。そんな風に思います。

まあ、ぼくみたいに優柔不断な人間はファミレスに行ってあまりにメニューが多すぎると「決めらんねー」とかえって不自由になっちゃうこともあるわけですが・・・。

それはそれでまた別の話。

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ちなみに、ぼくがフリーランスとして仕事をするきっかけをくれたのは、大恩人である平井ナナエさんです。そしてこの度、ナナエさんが本を出されました。

タイトルは『あなたの起業が人生と世界を変える』。

フリーランスで働きたい、起業したい! という方にはドンピシャな内容になっています。世の中によくある「起業本」とは一線を画しているかもしれませんが、読んで損はないです(断言)。

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